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広島大学大学院先進理工系科学研究科化学プログラム
反応有機化学研究室石谷グループ

研究内容

(1) 金属錯体の光化学と光反応化学

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光誘起配位子交換反応による新規金属錯体の合成

未知の光反応を発見することは、基礎科学への貢献に加え、新たな物質群の創成につながる可能性を秘めている。

我々は、ホスフィン配位子を有するレニウム錯体fac-Re(bpy)(CO)3PR3について、光を照射することによって、ホスフィン配位子のトランス位に位置するカルボニル配位子を選択的に置換できることを世界で初めて見いだした(下式)。 その反応機構を詳細に検討することで、「レニウム錯体の光化学」に新しい知見を加えることができた。 さらにこの光反応には、種々の配位子をレニウム錯体に導入できるという応用的利点がある。 この発見を契機に、多様なレニウム単核及び多核錯体の合成が、この光配位子交換反応を活用して行われるようになった(項目(2)参照)。

現在我々は、レニウム錯体に加え、低周期・高周期遷移金属錯体の光反応化学についても研究を進め、「金属錯体の光化学」に新たな展開を切り開いていくことを目指している。

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図. 配位子間の弱い相互作用を利用した光機能性制御

配位子間の弱い相互作用を利用した錯体の物性マニピュレーション

金属錯体の機能性創出のためには、様々な物性や反応特性の制御法が必要となる。 例えば、太陽光の利用には、より長波長の光を吸収できる錯体が有利である。 しかし従来の方法、すなわち配位子の電子的な性質を変化させる(電子吸引性・供与性基の導入する)ことで、このような性質の改変を行うと他の物性も同時に変化してしまい(例えば励起寿命が短くなり)、光触媒機能を低下させる原因になることが多い。

そこで我々は、まったく新しい錯体物性の制御法の開発を目指した研究を行っている。 すなわち、配位子間に働く弱い相互作用を利用した、錯体の基底状態及び励起状態のマニピュレーションに関する研究である。 この相互作用は、レニウム錯体に導入した場合、吸収は長波長シフトするにもかかわらず、発光は短波長シフトするという、結合を通じた従来の方法では達成できない金属錯体の新たな物性制御が可能となった。 その結果、レニウム錯体の光触媒特性や発光特性が飛躍的に向上した。

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図. 配位子間の弱い相互作用を利用した光機能性制御

(2) 光配位子交換反応を活用した光機能性集積型金属錯体の創製

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直鎖状レニウム多核錯体の合成とその機能性

項目(1)で述べた新規光配位子交換反応を活用し、配位子としてビスホスフィンを用いることによって、新しい光機能性材料であり、分子ワイヤーとしても期待される2核~20核の一次元金属錯体ポリマーの合成に初めて成功した。

光配位子交換反応と熱反応をうまく組み合わせることによって、様々な機能性レニウムユニットを自由に連結していくことが可能である。 例えば、連続的なエネルギー移動が可能なフォトニックワイヤー(下図上段)や、エネルギー移動と電子移動を順次的に起こす人工光合成系(下図下段)が構築できる。

現在、その他有用な機能性を発現させるための分子設計指針と、より一般的な合成法の確立を目指して精力的に研究を続けている。

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図. 光エネルギーや電子を一方向に流す分子ワイヤー

環状レニウム多核錯体の合成とその光機能性

直鎖状錯体に加えて、環状に金属錯体が連なった超発光性リング型レニウム多核錯体も合成に成功した。 これらの新規多核錯体群は、光エネルギーを捕集し、集約する機能を有することがわかった。 また最近、環状4核錯体が、非常に優れた二酸化炭素光還元触媒として働くことを明らかにした。

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図. 光エネルギーを蓄積するリング状レニウム6核錯体

(3) 二酸化炭素還元光触媒の高機能化

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レニウム錯体による光触媒的二酸化炭素還元反応

我々は、光触媒の高機能化を目指した研究を行い、これまで報告された中で最も効率のよい均一系光触媒を開発した。 二酸化炭素の光触媒還元は、多様な反応を含む複雑な多段階過程を経て進行するため、その反応機構を明確にした研究はこれまでなかった。 このことが、より有用な光触媒を開発するための深刻な阻害要因になっていたが、我々は、レニウム錯体光触媒を用いてその機構を明らかにすることに成功し、その情報を基に、光触媒の高効率化に成功した。

二酸化炭素の光還元は、植物の光合成と同様、水の酸化と連動させる必要がある。現在、科学技術振興事業団の支援のもと、「水を還元剤とした人工光合成の創製」を目指した研究を開始している。

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図. レニウム単核錯体による二酸化炭素還元光触媒反応の反応機構

ルテニウム-レニウム連結超分子錯体の光触媒機能

可視光をより有効に利用した光触媒の創製を目指し、可視光領域に吸収帯をもつルテニウム錯体をレニウム錯体と連結することにより、2つの錯体の優れた特性を併せ持つ超分子光触媒を開発した。すでに、可視光を有効にできる光触媒の中で最も効率良くCO2を還元できる超分子光触媒の合成に成功している。 このように、多様な光機能性を持つ金属錯体を有機的に連結し、よりすぐれた、もしくはまったく新しい機能を発現させるための研究も押し進めている。

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図. ルテニウム-レニウム連結型錯体による可視光増感二酸化炭素還元反応

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図. CO2が還元されCOが気泡として発生

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図. 当研究室で開発したCO2還元金属錯体光触媒が、東京化成工業(TCI)により商品化されました。

(4) 人工光合成系の構築を目指した多電子酸化還元系の開発

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二電子還元だけを駆動する新しい錯体光触媒の創製

これまでに酸化還元の光触媒反応は数多く研究されてきたが、そのほとんどは、電子移動によって開始されるものであった。 この場合、反応中間体としてラジカル種が発生してしまうことが原因で、多くの問題点が生じてしまう。

我々は、電子移動を経由しない、まったく新しい機構で進行する多電子還元光触媒の創製に成功した。 この光触媒系を用いると、植物の光合成と同じ生成物分布で補酵素NAD(P)の選択的ヒドリド還元できる。 現在、この光触媒の高機能化を進めるとともに、不斉光還元触媒への展開等、多様な活用法の開発を行っている。

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図. 植物の光合成と同じ生成物分布を与える光触媒

錯体に配位した還元型補酵素NADPHモデル化合物の反応性解明

植物の光合成で生成した還元型補酵素NADPHは、二酸化炭素の固定化の還元剤として使用されており、補酵素NADPHおよびそのモデル化合物の還元力をより高くできれば、様々な新規活用法が考えられる。

我々は、NADPHモデル化合物に、ルイス酸であるルテニウム(II)やレニウム(I)錯体が配位することにより、その還元力が大幅に増強されるという、興味深い現象を見いだした。現在、その発現機構に関して、詳細に研究を進めている。 また、この現象を利用した新しい不斉還元反応の開発を行っている。

(5) 新規レドックス光増感剤の開発

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S-T吸収を発現するレドックス光増感錯体の開発

ほとんどのレドックス光増感錯体は、光励起により一重項励起(S1)状態となり、超高速の項間交差を経て三重項励起(T1)状態を生じる。 電子移動反応は、長寿命のT1状態からのみ起こるが、T1状態を生成するまでに多くのエネルギーをロスしてしまう(図1左)。 また、太陽光エネルギーの有効利用という観点から、より長波長側の可視光を吸収することが重要である。

そのため、本来スピン反転を伴うため禁制遷移であるT1状態への直接遷移(S-T吸収、図1右)を発現するレドックス光増感錯体を開発する。 これまでにS-T吸収を示すルテニウム(II)錯体やオスミウム(II)錯体光増感剤を開発した。 特に図2に示すオスミウム(II)錯体は、可視光の全領域を利用できるレドックス光増感剤として働いた。 またS-T吸収をイリジウム(III)錯体やレニウム(I)錯体へと展開・一般化し、S-T吸収を発現する原理や分子設計を明らかにする。

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図1. (左) 通常の光増感錯体の光物理過程と (右) S-T吸収を発現する光増感錯体の光物理過程

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図2. 可視光全域を利用できるオスミウム錯体光増感剤

遅延蛍光を示す有機分子を用いた光増感反応

多くの有機分子は、光励起されても項間交差過程が遅く、一重項励起(S1)状態から高速で失活してしまうため、レドックス光増感剤として機能しない。 一方、S1状態と三重項励起(T1)状態のエネルギー差を小さくすることで、項間交差を加速し、長い励起寿命を示す有機分子が、最近エレクトロルミネッセンス材料として開発された。 これらの有機分子は、数十マイクロ秒と長寿命のT1状態から逆項間交差を経て遅延蛍光を示す(図)。

そのため、遅延蛍光を示す有機分子は、レドックス光増感剤として機能する可能性がある。 発光材料と光増感剤とでは、求められる光物理的性質が大きく異なるため、光増感剤に最適化した有機分子を開発し、光触媒反応に適用する。 すなわち、項間交差過程をより高速化し、S1状態からの失活を抑制する分子設計を明らかにする。 元素戦略の観点や、メタルフリーな光有機合成を駆動するという点からも、有機分子光増感剤の開発は非常に重要である。

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図. 遅延蛍光を示す有機分子の光物理過程

(6) 金属錯体-半導体ハイブリッド光触媒の創製

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光エネルギーの高品位化システム(人工Zスキーム)の構築

現在実用化されているほとんどの光触媒は、太陽光に5%しか含まれていない紫外光しか吸収せず、太陽光の主成分である可視光は有効に活用できない。 可視光を利用して有用な化学反応(例えば、水による二酸化炭素の還元)を行うためには、緑色植物の光合成が行っている光エネルギーの高品位化(Zスキーム)を人工的に行うシステムの開発が必須である。

このような光子を順次的に2光子利用し高エネルギーを必要とする反応を起こす光触媒系(人工Zスキーム)の開発を目指した研究を行っている。 具体的には、金属錯体と半導体を融合した複合系光触媒の開発に力を注いでいる。

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図. 光エネルギーの高品位化システム(人工Zスキーム)の構築

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